2017.1.11 |
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第3回「京都の隙間」丹波口
今回は、変革の真っ只中にある、可能性を秘めた場所「丹波口」エリアを紹介します。
10年ぶりに京都へと戻った去年、僕はあるイベントがきっかけでこのエリアを知った。夜になりイベント会場を出て周囲を見渡すと、シーンとして人の気配がなく、建物は古いコンクリートのビルや倉庫ばかりで、ここが京都だということを瞬間的に忘れてしまった。旅先で見知らぬ裏通りに迷い込んでしまったときのような、半分不安で半分興奮するあの感覚だ。その興奮が冷めやらぬうち、今度は朝の時間帯にこの場所を訪れてみた。
すると一変、人やトラックがせわしなく行き交い、ゆっくり歩こうものなら舌打ちと共に睨まれてしまうような状態。「おいおい、すごい人がいるじゃないか」。バイクのエンジン音や、大きな話し声、せかせかと台車を転がす音。朝は朝でやはり京都っぽくなく、どこか活気のあるアジアの街に迷い込んだような、そんな錯覚に陥る。
昼夜のギャップと独特の荒っぽさがあるこの「丹波口」エリアに、たちまち僕の心は掴まれ、今や京都の中で一番その動向に注目する場所となった。
「丹波口」という名前の由来は、豊臣秀吉の時代に行われた都市整備の一環として、京都の洛中と洛外を行き来する何箇所かの門に「~口」とつけたことからきている。
ここは京都の南側からの出入り口で、もともと街のはずれだった。しかし現在はというと、京都駅まで電車で1駅という立地。実は割と街中のエリアになっている。
かつて街はずれだったからこそ、広大な敷地を融通することができ、ここに大規模な中央卸売市場がつくられた。その周りに市場関係の事務所や倉庫がいくつも建ち並んだことで、西陣の町家や、賀茂川周辺のマンションとは違う街並みができたのだ。何十年も使われていい感じに年季の入ったコンクリートの建物たちで街が構成されているのはそのためだ。食材を仕入れに来る人々の活動時間帯は早朝から午前10時ごろまでなので、その時間に一番活気があって、朝が終わるとしんと静まりかえるというわけだ。
立地は悪くなく、むしろ良いのに、成熟しきっていない、可能性を秘めた街なのだ。
この街を歩いていると「ここにうまいコーヒースタンドがあったらいいな」とか「あの建物にゲストハウスなんかが入るといいな」とイメージしてしまう。がらんとした夜には、路上でアートパフォーマンスなどが行われる様子とかも、容易に想像ができる。
ひとつには、建物そのものが持つ、素材としての魅力が滲み出ているからだろう。照明を変えて内装を少し触るだけで見違えるであろう建物で溢れているのだ。
そしてもうひとつの理由は、「ちょっとしたチャレンジ」を許してくれそうな空気にあるのかもしれない。もちろん実際には礼節をわきまえなければいけないが、この一帯が持っている空気は、どこかフランクさを残している。京都は歴史が長いからこそ、何か始めるときに歴史とか伝統に気を使うことを求めるような、無言のプレッシャーを感じることが少なくない。だが、このエリアにはそれを感じない。
そしてそれに気づき始めている20~30代が、少しずつこのエリアに流れ込んできている。元乾物屋の建物を、シェアハウスと木工職人用シェアアトリエに変化させた「REDIY(リディ)」という施設がエリアの入り口にある。冒頭に書いた、僕が参加したイベントもこのREDIYで開かれたもので、よくイベントも行っているし、シェアハウスには設計やデザインに関わる人たちも集っているようだ。2階のシェアアトリエを始めたのは、日中に人がいないので音を出しても問題ないという柔軟な発想からだ。
また春には、REDIYの隣の建物も新しく生まれ変わり、スタートアップやフリーランスの人向けの場所になる。また天井高5.6mの巨大なスペースを使った「ナイトマーケット」も計画中だ。
「かつての街外れ」というところに話を戻すと、丹波口に近接したエリアにはその昔、幕府公認の遊郭「島原」があった。この街の雰囲気はまたガラッと変わり、石畳や置屋だった建物が今も変わらぬ姿で残っている。そんなエリアが丹波口から歩いて5分とかからない距離に隣接しているのだ。
エリアの中心にある「揚屋(あげや)」(かつて花魁や太夫を呼んで遊んだ場所)はリノベーションされて「きんせ旅館」という宿泊施設になり、1階のカフェではライブや個展などが頻繁に行われて、京都人の文化交流サロンとしてエリアの顔になっている。物件の特徴としても、丹波口では鉄筋コンクリートの賃貸マンションが目立つのに対して、島原は木造の戸建てが主流となっている。
そして僕たち「京都R不動産」もこのエリアからスタートしようと思っている。京都全域の物件を扱うので、事務所はどこで出しても良かったのだけれど、街が変化していくのをそばで体感したいと思ってこのエリアに決めた。
限られた面積の中で発展してきた京都では、この場所は○○であの場所は□□だな、とイメージが確定していることが多いけれど、この街は違う。カラーが定められていない、余白感のある場所だ。僕たちのようなスモールオフィスが増え、新しい働き方が活発になっていくと、少しずつ飲食店なども増えてきて新たな人の流れが生まれていくかもしれない。そんな変化に主体的に関わっていける、またとない場所だと思っている。