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2025.5.17
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「梅小路で会いましょう vol.1」スープの冷めない距離で。

清永麻実(京都R不動産)
 

この場所と人をゆるやかにつなぐもの

京都駅から少し西、梅小路エリア。私たち京都R不動産がこのまちに拠点を構えて数年、少しずつではありますが、新しい動きや人の流れが生まれはじめています。このコラムでは、そんな梅小路の“いま”を追いかけていく「梅小路で会いましょう」シリーズとして、継続的にご紹介していきます。シリーズ第1回で取り上げるのは、梅小路のまちに、あたたかな空気をまとう小さな場所――「スープの冷めない距離」について。

京都R不動産の元オフィスを活用したこの空間は、曜日ごとに異なる店主が店を開くシェアキッチンとして、静かににぎわいを重ねています。運営するのは、飲食と表現を行き来しながらまちに関わる八木さん。大原や上賀茂でお店を営み、動画や音楽の制作にも携わるなど、多様な活動を通じて人と場の接点をつくり出してきた人物です。

梅小路の場外市場にあるシェアキッチン

この場所を借りた当初、八木さんは自身のスタジオとして使おうと考えていました。ところが、音の反響や外からの視線などが気になり、しばらくはうまく活用できないままでした。そんなとき、京都R不動産の代表・水口との雑談から「ナポリタンをやってみたい」というアイデアが生まれ、「それなら自分はカレーをやってみたかった」と、少しずつ方向が見えてきたといいます。どうせやるなら一人ではなく、いろんな人と関われる場にしよう。そんなふうにして、ゆるやかに輪が広がっていきました。

名前の由来は、ある夜、近所の人と飲んでいたときに出た言葉から。「うちらって、スープの冷めない距離やなぁ」。わざわざ構えずとも、ふと顔を見に行ける距離。そんな関係性をそのまま空間の名前にしたのだそうです。開かれすぎず、閉じすぎず。ちょうどよい距離感が、ここにはあります。

コンセプトがそのまま場所の名前になりました。

この場所で定期的に開かれているのが、八木さんと島原でコーヒー店を営む方による「梅小路カレー洋品店」。カレーと服飾を組み合わせた営業スタイルで、曜日や季節によって表情を変えながら、じわりと地域に根づいてきました。特定のジャンルに収まらない「お店のかたち」を試すこの取り組みは、誰かの「やってみたい」を受け止める受け皿にもなっています。そして、火曜日だけ現れるもうひとつの顔が、「火曜日はナポリタン」。この日だけ厨房に立つのは、京都R不動産を運営する代表の水口です。メニューはナポリタン一本。だけど、扉の向こうから漂う玉ねぎの甘みとケチャップの香ばしさに、誰しもがふと足を止めてしまう。テーブルには一皿のナポリタンだけ。それを囲んで交わされる会話は、「このあたりで子どもが遊べる場所、もっとあればいいのにね」とか、「空き家、そろそろ動かさないと」など、まちのことばかり。オフィスでは出てこないような話が、気負わず自然に生まれていきます。

火曜日の厨房に立つのは、ナポリタンを炒める代表・水口とケチャップの香ばしさが広がる、どこか懐かしくて嬉しくなるナポリタン。

火曜日以外にも、この場所ではさまざまな営みが育まれています。例えば、梅小路カレー洋品店のほかにも、本業を持ちながら本気で飲食に取り組む人が週末にカレーとチーズケーキのお店を開いたり、中京区の洋菓子屋さんが月に2回カレーとお菓子を組み合わせて営業していたり。魚をさばいてみせる子ども向けイベントが開かれたり、若い料理人がワイン会を企画することも。日々の営みの延長線上に、思いがけない組み合わせがぽん、と現れる。まるでまちの縁側のような空間です。八木さんは、「貸すのは知り合いの知り合いくらいまででいい」と話します。人づてに広がりながら、無名だった誰かがここをきっかけに知られるようになっていく。そうした過程を、育っていくこととして見守りたいのだといいます。備品の管理やスケジュールの調整など、想像以上に手間はかかりますが、「自分の場所として使いたいと思ってくれる人がいること自体がうれしい」と、やわらかく笑います。プレオープンの夜、この場所にはたくさんの人が集まり、小さな火を囲むようにして時間が流れていきました。肩書きも立場も越えて、集まった人たちがそれぞれにあたたまっていくあの感覚は、今もここに漂っています。

スープの冷めない距離、その名のとおりのあたたかさがあふれたプレオープンの夜

ナポリタンの火曜日も、カレーや服飾、洋菓子、子どもたちの魚さばきも。それぞれがまちのなかの「ちょっとやさしい場所」として、ゆるやかに灯をともしています。ここは、もともと不動産の一室だった場所。ただ誰かの「やってみたい」が少しずつ重なっていった結果として、まちと人をつなぐ場になっていきました。ナポリタンの湯気の向こうに、まちのこれからが、すこしずつ、でも確かに立ちのぼっています。

左から水口、八木さん、ゆうさいさん、もめさん。「スープの冷めない距離」をともに立ち上げた、心強くてあたたかな仲間たち

このまちで、何かが少しずつ動き出している。そんな気配を感じたら、「スープの冷めない距離」を目印に、ふらりと梅小路を訪れてみてください。

そのすぐ近くでは、また新たなにぎわいが生まれようとしています。次回もどうぞお楽しみに。

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